今の自分のために仕事をする(2024/12/13)
今回のまとめ(感情ノート抜粋)
なんか、ふと、「本当の意味で親から自立したい」と思った。
気づいたら本当の意味で親から自立をするプログラムっていうのを作ってた。
まだ親から(経済的には自立してても)精神的に自立できてないから、「これをやれば親から自立して自分軸で生きられるぞ」っていう手順書を作りたいと思った。
これを作り始めた時に、「私、今まで全然仕事楽しんでなかったけど、今は少しだけ楽しめてるかも」って思った。
今までは、親に作られた環境に二度と戻りたくないという恨みだったり、子どもの頃に埋められなかった心の穴を埋めるために仕事をしてた。
それはつい先月まで同じ。
でも今月に入ってこのブログを書き始めて、誰かに読んでもらうためじゃなくて自分のために文章を書くことができて、それが喜びに繋がっている気がする。
次回に引き継ぐ課題
・自分の行動ひとつひとつが「自分のためなのか?自分に心理的メリットはあるか?」を考える(2024/12/6)
・鼻が詰まる時、鼻水が出る時、周りの人のエネルギーを感じたくないという反応が出た時は、「もう人のエネルギーを察知しない」「人のエネルギーを察知したとしても人のために行動しない」「自分のためにしか行動しない」と決める
・私は人のエネルギーを察知しようとしすぎてしまっている、自分のためじゃなくて他人のために行動しようとしてしまっている、他人のために行動するのを完全にやめる(どんなに好きな人であっても)
・逆に、自分のためになるけど人のためになることを(この先依存されたくないからという理由で)拒絶してる節もある
・自分のためになるのか、自分がやりたいのか、他の人が自分に向けて話をし始めた時も自分はその話を聞きたいのかを考える、聞きたくないなら切り上げる、無理矢理切り上げるのもめんどくさい時は自分にとって何が一番楽かを考える、もっと自己中になる、自己中になるのが嫌な時はそれもちゃんとそれが自分のためになるのかを考える
・ライブ中や🎾中にもやもやや感情が出てきて、感情にも目の前のことにも集中できなくて、「今出てくんじゃねぇ!」ってなっちゃってたけど、ライブ中にもやもやをぶちまけたらだいぶスッキリした→何かをやらなきゃいけない際中にもやもやや感情が出てきたら目の前のものに感情をぶつける(2024/12/8)
・「何を感じているんだろう…」って考えるんじゃなくて、とりあえず吐き出してみる。もちろんライブ中じゃなくても家の中でも(2024/12/12)
・怒りというのは今まで我慢をしすぎた証(2024/12/8)
・自分の中の怒りを見る度に目を伏せたくなるの、我慢してたこともつらかったことも気づいてて、でも今までそれを助けず何もしてこなかったことに対して何も言えないから「もうやめて」ってなるのかな?親への怒りをぶつけているようで自分にも怒りをぶつけてるのかも…。親が責められると逃げるのと同じ
・親にイラつかされ、その影響で毎日周りの人間にもイラついていた日々を思い出して、「もう我慢しない」と決める(2024/12/8)
・朝スッキリ起きられないのは、親に絶望した時と同じような絶望感をまた味わうのかという絶望から(2024/12/8)
・「これやだなぁ」「この人やだなぁ」「この人と会わないようにするにはどうしたらいい?」と、何かに対する文句だったり対処法を考える思考が出てきたら、その裏にある長年の親への絶望、悲しさ、苦しみ、我慢に初めて向き合ってあげるチャンス(2024/12/10)
・プレーのことや試合中のメンタルのことで👨からのアドバイスはすっっっごく参考になるけど、だからって人間的なレベルまで向こうが上とか、全部向こうの言うこと聞かなきゃいけないとか、そういうのは全部取っ払う。あくまで👨は私が🎾を上手くなるにはどうしたらいいかをアドバイスする立場なだけであって、私のことを評価する立場ではない!私がそれをできようとできなかろうと私を貶す資格はない!もっと自分にプライド持たなきゃダメ!あと他の男性に対しても、体格差があるんだから負けたからって自分を下に見ちゃダメ!+その上で感じる怒りに正直になる!(2024/12/11)
・でも、怒りを吐き出した後は少し冷静に状況を見ることができて、そしたら、私は返せるか返せないかだけにフォーカスしちゃってるけど、👨は返せない中でも基礎ができているかを見ていて、後ろ向いてないし軸足を中心にしっかり下がってないから「えっ!?」って言うのであってプレーを貶してるわけではないのかも…と思った(2024/12/12)
・とは言え、「○○さんなら取れるよ」って言われたことに対するショックと、無理って言うこととか文句を禁じられてから「もうあんなこと言われたくないからあの人の出す球に文句言っちゃいけない」って自分を萎縮させてたけど、それは余計に自分を苦しめる(2024/12/12)
・「○○さんなら取れるよ」って言われたことに対するショック
・もうあんなこと言われたくない
・また同じように言われるかもしれないという恐怖
・「無理」って思ったって仕方ないことだよ、そう思えなくなったらもちろんいいことだけどそう思えるようになるまで無理に思考を変える必要はないんだよ
・「あの人の出す球に文句言っちゃいけない」って思わなくてもいいんだよ
・上の話で思ったけど、怒りを吐き出した先に真実と愛の道筋が見えてくる、それが見えてこない時はまだ感情が残ってる証拠、感情を吐き出すって素晴らしい!どんどん吐き出そう!(2024/12/12)
・FXで不安になるのは単純にその手法が今の自分に合っていないサインであることは確実、不安になった時に押し潰すような大胆な行動を取るから失敗するだけであって不安を感じる時こそ視野を広げて少しずつ他の手法に移行する方法を考えるべき、不安っていうのは当たり前だけど今上手くいってるかどうかじゃなくてこれからも上手くいき続ける自信がないってこと、そんなの思考にわかるわけないって思ってたけど道を選んだ後に不安になってきたら他の手法も考えながら視野を広げる(2024/12/10)
・私が👨に惹かれるのは、自分のことを好きな人に対してもその人よりも自分をちゃんと優先して我慢しない選択をするから。あの人からまだまだ得られることはたくさんある。あの人に対して「冷たい!酷い!」という視点でなく、あの人だったらどう対応するかを考えてみる(2024/12/9)
・こんなにしょっちゅうイライラしてたって仕方ない、こんなんじゃいつまで経っても幸せになれない → イライラを覆い隠して誤魔化したって仕方ない、イライラを少しでも感じるならちゃんと全部吐き出す(2024/12/9)
・感情には嘘はつけない
・今日もこれからも毎日、イライラしたこと、過去にイライラしたのを思い出したことをちゃんと見つめて、その裏に親への絶望と悲しみがあることとこれまで我慢してきたことを自覚する(2024/12/9)
・イライラをすべて洗い出して、それらをちゃんと否定せずに受け入れることができた時、初めて解決策が見えてくる(2024/12/9)
・私の体型に毒づいてくる女性と温泉に行く時はむしろ私の体型をうらやましいと思ってる人だから腹筋割って脱毛して太もも引き締めトレーニングして堂々と見せつけてやる
・私に太れと言ってくる男子はむしろその人自身が太りたい(大きくしたい)、女子に痩せろと言う男子はむしろその人自身が引き締めたい
・体型に対する評価はその人自身の背景と心の状態と観念を非常によく示している、体型に対する評価ほど真実がなく幻想的なものはない、周りが私の体型に対してとやかく言ってきたとしてもそれはその人自身の幻想を示しているだけであって「みんなそう思ってるから」なんてことは1ミリたりともない。本来の自分の体型をどう受け入れていくか、自分の体型の変化をどう受け入れていくか、それしかない
・🎾で「上手く”やらなきゃ”」と思いすぎていることに気づく、さらにはその基準が対戦相手によって上がってしまっていて自分軸で評価できていないことにも気づく(2024/12/10)
・思考も観念も感情もすべて自分の中に受け入れるので詳細を知る必要はない、気になる時だけ聞けばいい(2024/12/5)
・好きなことをもっともっとアウトプットする(2024/12/1)
→グリーン車に乗れるくらい、車を買えるくらい、コートを建てられるくらいの収入を毎月得られるようになったら万々歳!でもひとまず今は稼ぐことじゃなくてアウトプットすることを考える
→感情を感じて吐き出して受け入れることと、🎾をもっともっとアウトプットする、やりたくない接客はせずに、他の人に共有していく(ブログを書くことだけに留まらない)
→「好きなこと、楽しいことでお金を稼いでいい」という意識を少しずつ馴染ませる
・内側と向き合えない時もインスタやYouTubeで他の人の情報をインプットするんじゃなくてブログに来て自分の中の何かしらをアウトプットした方がいい、もっともっとブログを活用する(2024/12/4)
・鼻が詰まってる時は鼻の感覚が停止してる(2024/11/30)
・でも鼻の感覚感じるようにしたら寒いのもつらいしどこもかしこも臭いしクソほどイライラする(2024/11/30)
→どうしたら鼻の感覚を取り戻しつつストレスなく生活できるのか?
・胸がないことを指摘されるとやっぱり嫌な気持ちになる(2024/11/30)
・自分の感情を感じたくないと思っている、受け入れられていない、不安を感じたくないと思っている状態であるという合図が出た時に、一度手を止めてしっかりと自分の内側と向き合う(2024/12/2)
・FXでの自分の資産を何度も確認したくなる(2024/12/2)
・理由なくスマホを触りたくなる(2024/11/28)
・恋愛したくなる、恋愛の相手のことばかり考えてる(2024/11/28)
・鼻が詰まっている(2024/12/2)
・12/2のレッスンで発生したイライラに完全に向き合いきる(2024/12/2)
・やっぱり内側の自分は、今日のボールを取りたいと思ってるのか?
・いつかは取れるようにならなきゃいけないとはわかってる
・それにあの人は私の内面を映す鏡だから、取らなくていいボールとか本当に取れないボールとか取りたいと思ってないボールは出さないと思う
・あの人が7月に言ってた「無理って決めつけるのよくない」っていうのも、私の内側からの言葉かもしれないとも思ったり
・でも、やっぱり取れないって思っちゃう
・結局あの人”だけが”正しいみたいになるのもムカつく
・11/28は物足りなさすぎて11/29に過剰にやりすぎる→11/29過剰にやりすぎて12/2まで引きずる→12/2は煽られてイライラ…
↓
・同じレベル、気持ちでレッスンに挑んでいる人がいない中で👨にもスクール生にも気持ちがわかってくれる人がいなかったのがつらかった
・見本を見て成功イメージを持てばもう少し頑張れる
・とにかく内側が思っていることに「共感したい」と思い続ければ自然と癒される出来事が起こることもある
・きつい感情ほど逃げたいと思うのでなかなか向き合えない時は「向き合うのがきつい」に向き合う
・🎾に対して、🎾そのものに対してイライラしたり嫌いになりそうになった時にちゃんとその感情を自覚して受け入れる(2024/12/4)
・私は自分のプレーを褒めてほしいんじゃなくて、👨のおかげで私のポテンシャルを超えたってことを👨に気づいてほしい(2024/12/5)
・○さんのヘラヘラと、まったく共感できてないのに共感してる感出してくるところと、🎾がんばらずにくだらないことをダラダラ話したりゲスい噂話ばっかりしてくるところがすっごいムカつくと思っているところに寄り添う、同じレベルの人が同じクラスにいなくて自分だけが一生懸命やってて苦しんでて余裕で取れる球取る度にすごいって言われて共感できない・してもらえないフラストレーションを労わってあげる(2024/12/4)
・私は周りの人のことを自由に嫌いになりたいけど(ここは好きだけどここは嫌いとか)、私のことはすべてを愛してほしい、ここは好きだけどここは嫌いなんて思われたら恐ろしいから、私も周りの人のことを自由に嫌いになれないのかもしれない(2024/12/4)
◆親関連
・親への怒り・絶望感が出た時に、それを「感じたくない!!!」と拒絶してしまう(2024/12/8)
・怒りだけはちゃんとすべて外に吐き出す、大人になってからの人間関係で常に誰かに怒りを感じるのは、本当は母親に対する怒り(2024/12/6)
・親にわかってほしかった、理解してほしかった、繋がってほしかったという怒り
・その怒りを「持っていい」と許可する
・そしてその怒りの根本は悲しみからきていると気づく
・わかってほしい、でもわかってもらえなかったことがあって傷として残ってるからわかってもらいたいと思うことが億劫、でもわかってもらいたい…という矛盾は、健気だからこそ出るもの、「わかってもらえなかった苦しみ」と、「わかってもらいたい」の両方をしっかりと見て受け入れてあげる
・他人に対して怒りを感じる時、特に年上の人に怒りを感じる時、その裏では、本当はその人にどうしてほしかったのかを聞いてみる そしてそれは本当は親にやってもらいたかったことだと知り、労わり、受け入れ、取り込む
・子どもの頃に満足に怒れなかったから、我慢していたから、感情表現できなかったから今こうなっているのに、「親に対して怒ったり反抗することは子どもがやることだ」と勝手に思い込んでるから親への怒りを吐き出しにくい。親への不満に正直になることが反抗期で子どもがやることだと言うのなら、大人になった今こそ子ども時代にできなかった反抗期をちゃんとやり直すべき(2024/12/12)
・親との関係の中で感じた絶望感を他の人間関係で再び感じた時にやるべきことをこれから考えていく(2024/12/7)
・親との関係で何度も何度も何度も絶望感を味わってきて、誰かと人間関係を構築する度にその絶望感を味わうから、「いやだいやだいやだ😫」ってなってる
・それでもまだ、「親に絶望したくない」「私はちゃんとした親の元で育ったって思いたい」っていう気持ちがあるから、なかなか進まない
・「親に愛されなかったから私はパートナーからも誰からも愛されない」という観念に気づいた時、そのきっかけとなった出来事が起きた時の苦しさに労わるのはもちろんだが、その観念は元々私の中にあったものだし、そしてこれからも私の中に残り続けるものだから、「これがあるから私は幸せになれない、パートナーと結ばれない」と、観念をなくそうとするのをやめて、観念を受け入れられるようになるようにいろいろ試してみる(2024/12/5)
・本当は、心が通じ合う愛し合ってる旦那と2人でド田舎に移住して🎾のコート建てて2人だけで🎾やりながら暮らしたいのに、なぜ旦那はいない、周りには話しかけてくる人がたっくさん、実家からも近いっていう状況を選んでしまったのか?本当はどうしたいのか?今の状況・人間関係を本来の私はどうしていきたいのか?(2024/12/6)
→たぶん同性の友人関係に私の課題があるんだと思う 昔だから同性の友人との関係は煩わしさを回避するためにいつも譲って遠慮してばかりいた 挙句依存されてさらに煩わしくなってたけど、本当は同性との友人関係でもっと自分を出してほしいと思ってるのかな…?
・ご飯どうする?」と聞かれる度に、自分だけじゃなくて2人分のご飯を考えなきゃいけない気がしてずっとすごい嫌だったこと、希望を言って「んーまぁいいよ」みたいな感じで言われたり、えー○○かぁって言われるのがすごい嫌だった、という気持ちに正直になる(2024/12/1)
・「連絡してあげなきゃ」という罪悪感から少しずつ解放してあげる(2024/12/1)
◆親+お金関連
・子どもの頃のお金に関するつらい記憶がまだ残ってることを自覚して昇華させる、だから、心の傷があるから、どんな状況でもお金を稼がなければいけないと執着している・むきになっていることに気づく(2024/12/2)
→お金がなくて自由がなくて本当に苦しかった頃の自分に「つらかったね」と共感しきってあげる
→父親が学費を払わなかったことから、人を信じられない、頼れないが根本にある(2024/12/3)
→あの頃にぜっっっっっっっったいに戻りたくないというつらいトラウマが幼少期にある(2024/12/3)
→「お金を稼がなきゃ、頑張らなきゃ、どうにかしなきゃ」って焦る度に、昔のつらかった頃の記憶を労わってあげよう(2024/12/3)
→親への怒りなんて消えるはずがないのに、親への怒りがあると惨めだからという理由で親への怒りを完全に消そうとしてた、それが一番自分を苦しめてる(2024/12/5)
・FXでロスカットされたら死ぬ、人生終わる、と思ってる(2024/11/30)
→たぶん私はFXだけで生計を立てたいわけじゃない、FXがそんなに好きなわけじゃないことを自覚する
→FXのお金が頻繁に上下するところが本当に嫌い
・私には、いざ窮地に立たされても金銭的に援助してくれる人はいない、という感覚がある(2024/12/1)
・親が重荷。自由になりたくて(せまーい実家を出たくて)お金を稼いで毎月お金を入れるという条件で実家を出たけど、今になって「なんで私って実家にお金入れなきゃいけないの?奨学金返済しないといけないの?なんで年末年始にあんなに狭くてぼろくて埃被った家に帰らないといけないの?経済力のない親の元に生まれるってどこまでもどこまでも足を引っ張る」って思う。「毎月実家に6万円入れてる」っていう事実が、実家に住みながら奨学金借りてる頃と同じくらい「自由がない」という感覚にさせてる
・社会人最初の2年半は、「親の代わりに奨学金払ってやったんだから」って気持ちで実家にそこまでお金入れてなかったのに、実家を出る時に親にごねられたからって「じゃあ月1で帰るしお金も入れるから」って言ったけど、あの頃(6年前)の私、「親から離れて私だけ自由になってはいけない、私だけお金持ちに裕福になってはいけない」って思ってたんだろうなぁ…😢今だったら、あんな狭くて自分の部屋は5畳しかなくて(うち1畳は机、1畳はクローゼット、うち1畳は扉を開く時のために空けとかないといけない、残り2畳でクローゼットに入りきらないものを収納して寝床も確保しないといけないなんて無理!!!!!それでいてエアコンもないとか無理!!!!!そんな家に月1で宿泊するとかまじで勘弁だし、なんでそんな家に月6万も入れないといけないのかって思う。あの頃の私、本当に心の底から自由がなかったんだなぁ😢
↓
・とりあえず実家には寄ったとしても泊まらない
・自分にのしかかってる「親の重さ」を少しでも軽くできる方法を考える。親が持つお金の不安には一切同情しないし関与も援助もしない。もちろん月6万円のこちらからの仕送りが不要になったら嬉しいけど、それを交渉することも自分にとっては重荷なので、別の面で重荷を減らす方法を考える
・私が6年前に仕送りをすると決めたのは、金銭面以外での援助をしたくなかったからだということをしっかりと胸に焼き付ける。精神的、物理的な援助をしないようにする
・6年前に仕送りをすると決めた時の自分にはきっと「親から離れて私だけ自由になってはいけない、私だけお金持ちに裕福になってはいけない」と思っていたと思う。この時に感じていた親の重さ、それによって患った心の重さにちゃんと向き合ってあげる。労わってあげる
・私を不幸にさせた親は欠陥品、だから親みたいになりたくない、親みたいにならないためにお金を稼ぎまくって億万長者になってやる!!と思ってる
◆親+パートナーシップ関連
・本当は心の奥底で「誰かと愛し合いたい」と思っていることにも気づいてあげる、そしてその相手は必ずしも👨とは限らない、他の人を好きになってもいいと自分に許可をする(2024/12/3)
・「誰かと愛し合たい」と思った時、その相手や方法を探すんじゃなくて、「愛し合いたいと思ってる」気持ちに寄り添う(2024/12/4)
・まずは目の前の人たちにきちんと思っていることを伝えたり態度で示すことを考える(2024/12/4)
・本当は(少なくとも今は)👨と愛し合いたいと思ってるんでしょ?(2024/12/4)
・「愛し合うなら相手のすべてを受け入れなきゃいけない、相手に対して怖がったりイライラしてはいけないという意識が自分を苦しめてる、相手にイライラすることがあっていいし、こういうところ苦手だわーって思っていいし、それを相手に素直に表現していい(2024/12/5)
・幼少期の頃の苦しかった記憶を思い出す度に、「私は誰かと愛し合ってはいけない」「子どもを生んではいけない」という観念がブワッッッと出てくるので、そういう観念を定着させるのではなく、幼少期の頃どれだけ苦しかったかを共感しようとすることに努める(2024/12/3)
→この世に○○してはいけないなんてない、誰かと愛し合ってもいいし愛し合わなくてもいいし子どもを生んだっていいし生まなくてもいい
・たとえ好きな人であっても、似ていたとしても、違う生き物だし人の心は読み取れないから読み取ろうともしない、私は私らしく生きる、会いたい時は「会いたい」という気持ちだけでいい、あとたとえ好きな人であっても私は誰かのために何かをしたいなんて1ミリも思ってない、自分のためだけに生きたいと思ってる(2024/11/28)
・あの人がなんやかんやで父親やってて息子と交流があることになんかすごいショックを受けてる(私にも父親がほしかったという気持ちもあるし、あぁ、本当に進展ないんだなぁ、って気持ちもある)(2024/12/2)
感情ノート全文
私、母親はてっきり人のミスに寛大なおおらかなタイプで自分でご機嫌取りができる人だと勝手に思い込んでたんだけど、そう思いたかっただけなのかもしれない…
今になってよく考えてみると
父親が働かない・家事をしないと不機嫌になる、
私が母の心のケアをしないと不機嫌になる、
人のミスに寛大なんじゃなくて自分が言われたくないだけ、責められると倍で責めてくる、
母と同じものに夢中じゃないと、🎾に夢中だといちいち触れてくる(若干の嫌味を言ってくる)
入院した時もいつもいつも被害者ヅラ
私、だから「もう誰のためにも生きたくないし誰の面倒も見たくないし誰かの何かも決めたくない」って無気力なんだな
今まで生きてきた30年ちょっとの間、ずっとずっと虚しくて、虚しさを埋めるために努力をしてるのに頑張れば頑張るほど虚しかったのって、父親がいないからとかお金がないからじゃないのかも…?(まったく関係ないとは言い切れないけど)
いつもいつも身近の人に被害者ヅラする人がいて、いつもいつもご機嫌取りしなきゃいけなかったからなのかも
前に何かのタイミングで「私は友達から逃げたかったからLINEを消したんじゃなくて本当は親から逃げたかった」って気づいたんだけど、今もそれに襲われる
親から逃げたい。家も連絡先も変えて私に辿り着かないようにしたい。どこで🎾してるかもわからないようにしたい。
でも一番はこんな母親を選んだ自分に怒りを感じる。
昨日載せたワークは、途中で別の怒りが出てきたらそっちを優先するようにしてる
「○○さんならできるよ」は、小さい頃に大人に大人自身と比べて「なんでできないかな〜」って言われた時の傷が原因だと思う
これ、すごい納得…
この時比べられた相手、自分よりも一回りか二回りくらい大きい人だから…
新年会のことで煽られそうになったら「新年会やりたいって言い出したの私じゃないんですけど」「渋谷○○さんが無理だと思って候補から外して考えてたんでそんなに言うなら渋谷にしますけど」って言ってやろうかな
嫌いな人にも厳しい態度を取っちゃいけない、そもそもそんなに嫌いな人を作っちゃいけない、心が狭いと思われるって思考まだまだあったんだなー…
そういう思考が一番自分を苦しめるのに…
あと、どんなに親のことが嫌いでも「親にはかっこよくいてほしい」と思うのも、アーッッッッて感じ
「人を嫌ってはいけない」という意識だったり、デトックスとして必要なあくび、鼻水、ガス抜きに対する「今やっちゃダメでしょ!」って意識、これじゃいつまで経っても前に進めなくて困る………
飛行機に乗る時荷棚が高くて困ってたらすーぐに男の人が声掛けてくれたから、「ちょっと無理かも…😅」って言えた!頼めた!ちゃんと押し込んでくれた!感謝ー😭
母親が「いい歳なのにお金がないからいつまでも働かなきゃいけないし贅沢な暮らしできなくてどうしよ〜」みたいに言ってくるのも本当困るしやめてほしい、「お前のこの59年間の行いの集大成だろ!」って言われたいんか?はー腹立つ
まじでいい加減いい大人になってほしい…、子どもの私に相談すんなもそうだしそんなん思わずに済むように自分でちゃんとやってほしい、今まで時間はいくらでもあったはず。もう子どもが社会人になって9年だよ?
「他人に思いやりをもって」はまだわかるんだけど、「他人が何をしてほしいか考えて」はまじで無駄無駄無駄無駄無駄
本来の私は、自分のことを第一優先で、他人がどうしてほしいかをいちいち考えずにのびのび過ごす
でも親は、私に、親が求めていることを察して行動して、親を気にかけてって私がすることを求めてる
今までずっとそんないい子を演じてきた
だから、先回りして行動しないとか、人の気持ちを考えずに発言するとか、そういう自分は(異性からも)愛されないって思ってきた
(でも自由奔放でいた方が男性にもモテる気がする…ってのは置いておいて)
とにかくこの我慢に気づいてあげなきゃ
今日も私の中の怒りが少し落ち着いたタイミングで親が求めてそうなLINEしちゃったし(既読つく前に気づいて送信取り消ししたけど)、なんでこんなに、親が求めてることを先回りしてやっちゃうんだろう…😭
結局今のままじゃ親への怒りを手放すのも親のためにやってる
親のための人生じゃなくて自分のために生きてくれよまじで!!!
普段自分で制御してても無意識にやっちゃうとかまじでしんどー😭😭😭
親とのネガティブな記憶を忘れたくないのは、もう二度と親の顔色を伺いたくないから。
忘れたり許したりしたらまた自分を見失ってしまう気がするから。
なんか、ふと、「本当の意味で親から自立したい」と思った。
気づいたら本当の意味で親から自立をするプログラムっていうのを作ってた。
まだ親から(経済的には自立してても)精神的に自立できてないから、「これをやれば親から自立して自分軸で生きられるぞ」っていう手順書を作りたいと思った。
これを作り始めた時に、「私、今まで全然仕事楽しんでなかったけど、今は少しだけ楽しめてるかも」って思った。
今までは、親に作られた環境に二度と戻りたくないという恨みだったり、子どもの頃に埋められなかった心の穴を埋めるために仕事をしてた。
それはつい先月まで同じ。
でも今月に入ってこのブログを書き始めて、誰かに読んでもらうためじゃなくて自分のために文章を書くことができて、それが喜びに繋がっている気がする。