2024年の振り返りと2025年の展望(2025/1/3)
※このブログでは、自分の中の女性性のことを「姫」、自分の中の男性性のことを「王子」と呼んでいます。
三が日が終わり、祖母宅への訪問も昨日で最後にしたので、2024年の振り返りと今後の展望を
◆2024年の振り返り
・幼少期からバレエをやってて今も体で自分を表現してるからすごい嫉妬してた子がいたんだけど、でも私も🎾を始めて1年4ヶ月経って、これからもまだまだ続けようと思えてることであまり嫉妬しなくなった!(私の中でスポーツは1年がターニングポイント)
・母に対する怒りを正直に感じるようにして、その結果やりたいことがある時にも自分よりも母を優先してきた自分に気づいて、「こんな親の元に生まれたくなかった」という思いが認識できないほど小さくなった
・🎾の試合に出たことによって自分がどれだけ周りの目を気にして振り回されてきたかを知ることができた
◆2025年の展望
・引き続き親をはじめいろんな人に遠慮しない、嫌な気持ちになったらちゃんと正直に感じる
・まずは祖母への怒りを徹底的に洗い出す
→私にとって祖母は、祖母みたいな人に会った時に敏感体質な自分がどれだけ苦しんでいるかを知るためなのかもしれない
→自分の感情じゃない感情に同調しない、「これは私の感情じゃない」と区別した上で共感だけする、自分の感情が普段どれだけ自分でなく外にいってしまってるかを感じて回収する(イメージワーク)、自分の行動言動をノートに書いて感情を振り返り本当の自分を再確認する
→今年に入った時、「2024年やり切ったなー」「だいぶ浄化したなー」と思えたんだけど、それと同時に「もう自分の人生やることないんじゃないか」という意識になってしまってたかも…。「それは違う!そんなのダメ!」と知らせるために、めちゃくちゃモヤモヤしてたのかも
・🎾で自分に自信が持ててない部分がまだまだあるというか…、「人にドヤるぞ!」みたいな自信じゃなくて、「私はこのままでいい」っていう確信を持てるようになるまで自分の自信のなさ、認めてなさを見る
・1人打ちの時もレッスン中も試合中も、「私は周りからどう思われているんだろうか」「下手だと思われてないだろうか」という不安がめちゃくちゃあるということを自覚して掘り下げて掘り下げる、あと1人打ちの時は「他の人と練習しなって言われるんじゃないか」「迷惑がられてるだろうな」みたいな不安感や罪悪感も自覚する
・周りの目が気になる、幸せになりきることへの罪悪感、集団社会の中で生きていくためにそれなりの成績で抑えておかないとという意識、自分を表現しきれない、「まぁまぁ結果残せたしこれでいいじゃん、満足でしょ?」と表現することをやめようとする意識がある
→🎾のことで自信が持てないのも、「自分のことを上手いと思ったら幸せになってしまうから満足しちゃダメ」っていう意識があるからな気がする、自分だけ人生を上手くいかせるのは申し訳ないからみんなにアドバイスしてみんなも人生を上手くいくようにしようって他人のことばかり考えてる
・🎾で肩の力が抜けない理由を見て、可能であれば改善する
・🎾の練習相手について、なぜ今周りにいる人だと嫌で、本当はどんな人と練習したいのかがわかったけど、もっともっと掘り下げて、もっともっと理想的な練習環境を見つける
→私が🎾に対して自分の気持ちが残っている限り100%を振り絞って向き合ってるんだから、同じように🎾に100%の気持ちで向き合ってる人としか🎾したくない
→いいショットが打てた時に「容赦ないね~」みたいに言われるのも意味わかんないし、手加減されるのも意味わかんないし、向き合いたくないから自分より弱い人としかやらない人とかも御免!
→👨はアドバイスしてくれる時はちゃんと🎾とも私とも向き合ってる時だからアドバイスしてくれるのは嬉しい、でも他の人はただ見てるだけだからアドバイスできるとか、本気でやってないからアドバイスできるとか、そういう人のアドバイスはいらない!
◆1人打ちが不安で心細くて虚しくて、つまらないし、「これで本当に上手くなれるのか?」という疑念がある。もっと掘り下げると、「人と関わらずに社会との関わりを持たずに(自分の過去の思想に襲われない限りは)精神的な苦悩も少ない1人打ちだけで本当に精神的に成長できるのか?新たな発見があるのか?というのをやる前から心配してて気が乗らない
→「誰かと練習したい」がこの思想からの逃げかも
→1人打ちでできなかったことをできるようになるまでやるだけで精神的成長に繋がるのでは?
→よく練習誘ってくれるけど断ってる人から「1人打ちが好きなんだねー」って言われたことがあってから1人打ちに対する罪悪感を感じてる、他にコートを使いたい人がいるのにいいのか?って
→「誰かがいる」というだけでエネルギーの軸が自分から外れて他人にいってしまう、エネルギーの軸が外れやすい人がHSP(12/29みちよさんのライブ配信40分頃より)、ありのままの自分を表現して感性を消化すると満足して人の目が気にならなくなる
◆人から観戦者目線でアドバイスされるのがムカつく、そんなん言うの簡単だろ、もっとプレーヤー目線でいる人の意見しか聞きたくない!
→「もう1年4ヶ月だし、気づいたら2年経ってるだろうし、気づいたら3年経っちゃうし、今練習中体力ギリギリだからちゃんと上手くなれるのか不安!!」って焦って自分を責めてるから?
◆祖母への怒り
・能力がないを理由に、自分をかわいそうな被害者に仕立てあげて、いつまでもいつまでも被害者を演じてる
・都合が悪くなるとすぐに逃げる、お父さんお父さんと亡くなったおじいちゃんに話しかけてばかりいる(昔は「おばあちゃんはスピリチュアルな能力があるのかもしれない」と思い込んでたけど、大人になって自分が自分と世の中と向き合った時に「祖母は現実というか自分と周りの人間から逃げてるだけだ」と気づいた)
・「何も楽しいことがない」「歳だし体も弱いから何もできない」というかわいそうな人を演じてる
・とにかく話が通じない、いろんなことから逃げてるというかかわしてるというか周りの人間をおちょくってる
・「私はわかりません」「できません」「やってください」「わかるように説明してください」→は?説明してもわかんねーくせに
・ついさっき渡した必要なものをなくしたり、ゴミ箱にも入ってないしどこやったかわかんないってそんなはずないのに、「お前は何にもできないね」って言ってきた親(ひいおばあ・おじいちゃん)への恨みを表すために今の人間関係に迷惑をかける
・汚い、とにかく汚い。洗ったと言って出した食器の汚れが気になって拭いたらウェットティッシュが黄色くなったし(まじできもすぎ無理)、箸で掴んだ食べ物を(新しい皿と箸を出せばいいのにそれを遠慮して)手で掴んで食べるところも無理だし、お皿にラップかけるんじゃなくて食べ物にラップかけてラップに食べ物がぐしょぐしょにつくのも無理だし、電子レンジの時間まっっっっったく気にしないでいつも温めすぎてどんどん食材が傷むのも本当に無理…!!!!!彩りとかバランスとか言って人にはいろんな価値観(本人の価値観というより世の中で良しとされていること?)を強要するくせに、自分は食べ物の扱い方が本当に酷い、食べ物を粗末にしまくってるのが本当に本当に生理的に無理すぎる
・母親が好きなアーティストが出てるテレビを観ているのを見て「ぜーんぜんわかんない」って趣味を否定するような言い方をするところ(母親が楽しんでてうらやましいから?)、それで母がどんな気持ちになるのかまったく考えない、今もう母も還暦間近だからあれだけど、これを子どもの頃からやってたんだろうなって感じ
・85になったとは言え人生は楽しむことができるってわかってるくせに親への復讐が終わらないから楽しまないようにしている
・とにかく何をとっても母親がかわいそう
・あと関係ないうちらに「かわいそうなあたし」を演じ続けるのまじでやめてほしい…、わかっとるからなこっちは
◆祖母と構っておばさんへの怒り
・関係ないことにまで首を突っ込んで(私のことを知ったかぶって話して)自分がやるべきこと向き合うべき課題から逃げてる
・私に構うのをやめて「かわいそうなあたし」を演じるのをやめられるくらい自分の面倒見てくれ
・基本人と関わる理由が退屈しのぎだから、まじで余計なことしか言わないしむしろ察してほしいことは察してくれない(1/5追記)
(以下は祖母に関すること)
→暖房の強弱は自分で変更できるのに、「寒い!?」とかいちいち聞いてくる。しかも、他のことに集中している時に。
→これから食べようとしているのに「これ食べてね。食べきってくれないと困るよ」と圧をかけてくる。今はそれを食べたい時じゃない。
→いつも食材を温めるのがやりすぎ/やらなすぎ、酷い。19:00に食べるって言ってるのに暇だから17:30に食材を出し始める。1時間半さらされてカピカピになる上に17:30に無駄にレンジで温められて、19:00にまたレンジに入れられるから食材が傷む傷む。で、食べたくなくなる。
→レンジにかけるのが1回だけだったら少し熱めにして冷めるのを待つのが一番楽なんだけど、なんでか「焦げるレベルの熱さ」か「本当にレンジかけた?ってくらい冷めてる」しかない。
→正直、「だから今まで同じ職場の女性に嫌われてきたんだよ…」って気持ちしかない。こんなやつ同じ職場にいたら嫌だwww で、嫌われたことによって余計に孤独になって暇になるという悪循環
→頭よくないとダメってことはないけど自分の孤独だけは自分で処理しないとダメだよね
・人が面白いと思ってるのに自分が入り込めない世界があると平気で「なんで面白いのか全然わかんない」って言っちゃうところ。誰もお前に入ってほしいとかまっっっっったく思ってないのに、自分だけ取り残されるのが悲しいからって相手の価値観を否定しちゃうところ。(1/5追記)
・笑いの基準として平気で人のミスをバカにできちゃうところ。「○○ちゃんおもしろーいw」って人のミスをバカにするけど、ちっちゃいミスすぎて自分では全然気にしていないし覚えてないレベルのことなのに言ってくることと、「お前普段もっとひどいよね?人にバカにされてきたこと消化するために私を使ってるんだなぁだる」ってなるところ(1/5追記)
こうやって見ると、構っておばさんより、祖母の方がよっっっっっっっっっっっぽどヤヴァイ
みちよさんのHSPの動画より
誰かに反応して、その人のことを「助けなきゃ」と思う時
本当はその人とリンクしてる自分のかわいそうな部分を助けたいと思ってる
祖母に「変わってほしい」と思うのは、本当は自分自身にを助けたいと思ってるのか???
実感はまったくないけど、ハイヤーセルフを通して聞いてみよう。
動画の続きに答えっぽいものが書いてあった。
繊細さんの特徴として、誰かを頼りたくても弱音を吐きたくても本音を言いたくても、そうやって人に気を遣ってもらうことでどれだけ相手に負担がかかるのかわかるからそれができない。だから、頼れない自分を責めない、頼らない自分の苦しみを知る。
私にとって祖母は、祖母みたいな人に会った時に敏感体質な自分がどれだけ苦しんでいるかを知るためなのかもしれない。
みちよさんの動画から
①自分の感情じゃない感情に同調しない、「これは私の感情じゃない」と区別した上で共感だけする
②自分の感情が普段どれだけ自分でなく外にいってしまってるかを感じて回収する(イメージワーク)
③自分の行動言動をノートに書いて感情を振り返り本当の自分を再確認する
祖母のエネルギーに同調してしまう部分があるから祖母がすごく嫌なんだと思う
祖母が人生を楽しめてない姿に同調するのをやめよう
家族だから、定期的に面倒見なきゃいけないから、どうにかしてよくなってもらわなきゃと思うのをやめよう
赤の他人だと思って、近所の公園に住んでる人だと思って、自分の人生とは関係ないという認識をすり込もう
祖母に同調しそうになる度に「本当に助けたいのは自分」「本当に見てほしいのは自分」だと知ろう
今年に入って、「2024年だいぶ自分の意識を浄化できたなー!」って思えて、だいぶ「自分の人生やり切った」感に満ち溢れてるけど、そんな状態でも私の魂は「私を見て」と言っていることに気づいて、ちゃんと私を見なきゃ
周りの目が気になる、幸せになりきることへの罪悪感、集団社会の中で生きていくためにそれなりの成績で抑えておかないとという意識、自分を表現しきれない、「まぁまぁ結果残せたしこれでいいじゃん、満足でしょ?」と表現することをやめようとする意識がある
◆どうして👨とあの女がずっと一緒にいることを知るとものすごく嫌な気持ちになるのか?
・本当は女じゃなくて、👨が私に「俺と同じチームになったら優勝できる」とか「優先してあげるよ」とかその他諸々かっこつけやかまってほしい感や恋バナや気のある素振りを見せておきながら本当は女がいたなんてなったら👨に失望してショックだから
・👨に失望したくない、ショックを受けたくない、大丈夫大丈夫👨はいい人だって自分に言い聞かせてる
— “👨のことが信用できない”はこれまでの人間関係にトラウマがあるからだとして、なぜこんなに👨のことを信用したいと必死なのか?👨が信用できるできないどうでもいいと思えないのか? —
・「👨は信用できない人なのに○○ちゃんだけは信じてるよねw」ってバカにされるのが怖い
・「👨はあの女とできてるのに○○ちゃんは👨が好きなんだねw」ってバカにされるのが怖い
・👨を見ているようで見てないし、自分のことも見れてないし、どこの誰だか知らない世間体を気にしてる…、つまり誰のことも見れてない
・だから「👨ってすごいんだよ!!」って周りの人に言いたくなる
・あと、👨からの行動がほしいのは、「私ってお前らと違って愛されてるんだよ」って周りに知らしめたいからだと思う。だから👨の予定も考えず、「なんで女は車で送るのに私のことは車で送らないの」ってなるんだと思う
◆みちよさんワーク
・親や環境に対して「あんなことされたからできない自分になった」「本当はこうやって応援されたかった」「こんな目に遭った」「こんなことをされて嫌だった」と思うことを書き出す
→つい最近の出来事だけど、真面目に練習してたら「本気出してるわ~w」みたいに言われたの、今思い出してうざっ!ってなった!
→試合の結果とか見てだいたいみんな傍観者って感じではぁって感じ、「おめでとう!俺も頑張るわ」みたいなのとか、👨みたいに「すごいじゃん」とだけ言っていつもと変わらずレッスンしてくれる人がいい!結果によって態度変えられたくない!
・お金に関する気づき
→Kindle本は月に数円だけど稼げて、ブログは1円も稼げる未来が見えないのは、他人のために書いてないからだよ。読みやすいように書いてない、自分のためにしか書いてない。そんなんじゃやっぱり稼げないんだよ。好きなことだけして稼ぐなんて幻想だよ。みちよさんだって楽しくてやってるって言うけど生活のためにわざわざ時間作ってやってるし読みやすいように聞きやすいように編集するのだってめちゃくちゃ大変じゃん。楽しいって思い込ませてるだけでふと冷静になって外を見たら「なんで私こんなに頑張ってるんだろう」ってなるはず。あんなのめちゃくちゃ大変だよ。別に私があぁなりたいわけじゃないけど、ブログだって大変じゃなきゃ稼げないんだよ。
ネガティブな感情から、「社会性と周りの目を気にして本音が言えない自分」「自分の評価じゃなくて周りの評価ばかりを気にして怯えている自分」を見つけ出す
◆いつまでも虚しい人間関係しか築けないのは、自分が自分自身に本音を打ち明けてないから
◆「自分の本音を隠して周りの目や意見に気を配り続ける」と、どんなに何かを頑張っても、上手くいかなったり、物事は上手くいったとしても、自分が自分自身に対して本音を話さなかったらいつまで経っても虚しい
◆このことを理解するために、一度は自分の本音を隠さざるを得ない期間が必要
◆だから、人生の中には、自分のエネルギーの使い方が上手くいかなかったり、その結果自分の本心に嘘をつくようになる期間が存在する
◆自分の本音に正直に生きていたとしても、その本音に対して自分自身が寄り添うのではなく、周りに寄り添ってもらおうとするようなエネルギーの使い方だと、周りからは揶揄されてしまうことがある
◆まずは、どんな人と会話がしたいかじゃなくて、自分自身と本音で会話ができるようにならないとダメだ
◆「この人のこと嫌い」という気持ちに正直にならないとダメだ
◆「この人のこと嫌い」「だからこの場所には行かない」ということは、周りに聞いてほしいんじゃなくて自分の中の男性性に聞いてほしいこと
「もうこの場所には行かないんだから○○さんにこう伝えなきゃ><」「もう行かないって早めに言わなきゃ><」っていうのは自分の中の女性性を見ているようで、実は自分の中の男性性は周りのことばかり気にしてる
ただ嫌い、だから行かない、それだけでいい
どう対処しようかとかどう伝えようかとかそんなことは考えなくていい
ただただ自分の中の女性性に「行きたくないよね、そうだよね」と、女性性の感じたことを見てあげるだけでいい
言語化しなくていい
でも男性性はすぐ言語化したがる
女性性の言っていることを他の人に伝える妄想をするけど、それは自分の中の女性性じゃなくて他の人を見てることと同じ
◆何をやるかも、今まだやることが残ってるのに、やることがなくなりそうになった段階で男性性は次を見てしまう
今やっていることに対して女性性がどう感じているかを見ていない
終わってから、何をやりたいかを女性性に聞けばいいのに、何もなくなってしまうんじゃないかと恐れてる
◆男性性の言い分と女性性の言い分をどちらも100%引き出して喧嘩させる
◆誰かと仲良くなりたいと思った時、周りにどう思われようともその気持ちに一直線に進む
人間関係全般、やりたいようにやる
それができない時は、男性性の言い分を聞きつつ、女性性と男性性をしっかり会話させる
人生でやり残したこと、これからやらなきゃいけないこと
・競技から逃げない、上達の上限までやる、競技を通して本来の自分でない観念を手放して本来の自分に戻る(人の目を気にしすぎているなど本来の自分からズレている点を見つける)
・競技を通して、心の底から尊敬できて気を許せる友達を作る、自分の本心に従って生きている人と友達になって心を開き合う
・競技や親を言い訳にして、本当にやりたかった心の友達作りとパートナー作りから逃げない
・自分の思考への理解と共感を示し、他者に話す勇気を持つことが心の友達作りの第一歩
・本当の自分に出会う、本当の自分になる、本当の自分を偽らない、いい人になろうとしない、ドス黒い自分も自分だと認めて愛する
・誰かと練習もしたいけど、1人打ちもがんばりたい。でも、「一緒に頑張る仲間」がほしい。今日1人打ちやったよーとか、明日試合がんばろうねーとか、そういうこと言える相手がほしい。お互いの技術やレベルを評価するような間柄じゃなくて、自分の人生の1つとして、自分の内面と向き合う道具として、🎾とも向き合ってる人と、一緒にがんばりたい
・自分の人生とちゃんと向き合う、自分の人生や内面とちゃんと向き合いたいという気持ちに素直になる、一緒にがんばる仲間がほしいという気持ちに素直になる、がんばったこととか成長したこととか報告したいという気持ちに素直になる、その相手は(今のところ)👨だということに素直になってその気持ちに従う、まずは👨に頑張ったこととか逆にできなかったこととか伝えて解放していく
・一緒に頑張れる人と出会うまでの間👨に伝えていきたいこと→頑張ったこと、苦労したけど乗り越えたこと、精神的に成長できたこと、これから頑張りたいこと、今頑張ってること、上手くいったこと、楽しくできたこと、精神面での気づき
・🎾に関して、私が重きを置いているのは精神的な成長なんだから、周りが自分の🎾の技術を見てどう思うかに振り回されない!一切気にしない!周りがどう言おうと自分を貫く!無視!→私が私のままで、ありのままで価値があると思えないのはなぜなのかを徹底的に分析する
・歴とか体格とか考えないで、相談もしてないのに、「こうした方がいいよ」ってアドバイスするのはそりゃー簡単だよね。私だってプロの試合見てて「こうすればいいのに」って言うことくらいできる。そんな存在いらない。ほぼ引退したかのようなプレーしかできないおじさんなんかいらない。試合の結果見て褒めてもらうとかもいらない。お互いが自分と目標だけを見ていてその上で一緒に頑張れる存在しか練習相手としていらない。それを踏まえて練習相手を作るのか1人で頑張るのか👨との仲を深めるのか週3にするのか。でも今ちょっと寂しいし心細い…